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紀元前1550年 ~ 西暦2026年
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全655件中、1~50件を表示。

紀元前1550年頃
紀元前16世紀
日本: 縄文時代
『エーベルス・パピルス』に硫黄を含む薬剤が記録される
火薬 エジプト

古代エジプトの医学文書には硫黄を含む薬剤が記されている。火薬の三成分の一つである硫黄が古代から実用物質として扱われていた例。

紀元前750~700年頃
紀元前8~7世紀
日本: 弥生時代
『オデュッセイア』に硫黄を燃やして建物を清める記述
火薬 ギリシャ

硫黄と火を用いて屋内を清める場面が記され、硫黄の燃焼・燻蒸利用を示す古い文献例となっている。

紀元前6世紀
紀元前6世紀
日本: 弥生時代
中国で天然硫黄が知られる
火薬 中国

周代の中国では漢中産の天然硫黄が知られていた。硫黄は後に黒色火薬を構成する三成分の一つとなる。

紀元前5世紀頃
紀元前5世紀
日本: 弥生時代
中国で不老長生を求める初期の錬丹術的実践が現れる
火薬 中国 有力

戦国時代には方士による不老長生の探求や鉱物を扱う実践が発達したと考えられる。後世の火薬発明につながる中国錬丹術の遠い前史。

紀元前315年頃
紀元前4世紀
日本: 弥生時代
テオフラストスが可燃性の鉱物を記録
火薬 ギリシャ

『石について』で、採掘される「石炭」のような物質が木炭のように燃え、金属加工に利用されることを記述。

紀元前133年頃
紀元前2世紀
日本: 弥生時代
李少君が漢の武帝に丹砂を金へ変える錬丹術を進言
火薬 中国

不老長生を求める外丹術の初期記録の一つ。後世の中国錬丹術へ続く実験文化の前史であり、火薬そのものの発明を示す記録ではない。

紀元前1世紀頃
紀元前1世紀
日本: 弥生時代
中国で硝石が薬用に利用されていた可能性
火薬 中国 有力

中国では紀元前後までに硝石が薬用物質として知られていたとされる。

1~100年
1世紀
日本: 弥生時代
中国の後漢時代、硝石(硝酸カリウム)の利用が本格化
火薬 中国

錬金術や医薬品製造に広く使用される

125~144年頃
2世紀
日本: 弥生時代
硝石の燃焼によって家が火事になったことが「太平広記」に記述される
火薬 中国

※「太平広記」は宋の太宗(976-997年)の時代に、李昉(りぼう)を中心とする編纂チームによって編纂

142年
2世紀
日本: 弥生時代
中国の「周易参同契」に火薬らしき記述が記録される
火薬 中国
220~240年頃
3世紀
日本: 弥生時代
ローマ帝国の学者ユリウス・アフリカヌスが、ナフサや石油を用いた燃焼性武器について記述
技術 ローマ帝国
492年
5世紀
日本: 古墳時代
中国の陶弘景が硝石の燃焼について記述
火薬 中国
600~700年頃
6~7世紀
日本: 飛鳥時代 元号: 大化元年~6年 / 白雉元年~5年 / 朱鳥元年
インドで「インドの火」(Indian fire)と呼ばれる燃焼性物質が開発
火薬 インド

石油やナフサといった可燃性の液体を主成分とし、火をつけると水上でも燃え続ける特性があった

600~700年頃
6~7世紀
日本: 飛鳥時代 元号: 大化元年~6年 / 白雉元年~5年 / 朱鳥元年
ビザンツ帝国で「ギリシャの火」(Greek fire)と呼ばれる燃焼性物質が開発
火薬 複数地域

石油やナフサといった可燃性の液体を主成分とし、火をつけると水上でも燃え続ける特性があった

不明
6~7世紀
日本: 飛鳥時代 元号: 大化元年~6年 / 白雉元年~5年 / 朱鳥元年
張?(658~730年)による「遊仙窟」という中国の文学作品に、爆発性のある「火薬丸」(娯楽用の爆竹や花火)の記述が登場
火薬 中国 不明
678年
7世紀
日本: 飛鳥時代
コンスタンティノープルの包囲戦で「ギリシャの火」がアラブ艦隊に対して初めて使用
火薬 複数地域
808年頃
9世紀
日本: 平安時代 元号: 大同3年
中国の錬丹書に火薬に近い混合物の処方が記録される
火薬 中国

硫黄、硝石、炭素を供給する有機物を組み合わせる処方が記録されている。9世紀頃には、硫黄や硝石などを混合・加熱すると激しく燃焼することが認識されていた。

850年
9世紀
日本: 平安時代 元号: 嘉祥3年
中国の「真元妙道要路」に火薬の危険性について記述され、これが火薬の発明の根拠となった
火薬 中国
1002年
11世紀
日本: 平安時代 元号: 長保4年
中国の皇帝に手砲が献上される(諸説あり)
銃器 中国 諸説あり
1040年
11世紀
日本: 平安時代 元号: 長暦4年 / 長久元年
中国の「武経総要」に火薬の製法が記述される
火薬 中国
1044年
11世紀
日本: 平安時代 元号: 長久5年 / 寛徳元年
曾公亮らが『武経総要』を編纂
人物 中国

曾公亮、丁度、楊惟徳らが北宋の軍事技術書『武経総要』を編纂。現存する最古級の火薬配合式を記録した。

1067年
11世紀
日本: 平安時代 元号: 治暦3年
中国の皇帝が商人に対し火薬の売買を禁止する
法令・制度 中国
1131年
12世紀
日本: 平安時代 元号: 大治6年 / 天承元年
中国で宋が金に対し火槍を使用した
銃器 中国
1206年
13世紀
日本: 鎌倉時代 元号: 元久3年 / 建永元年
チンギスハンがモンゴルを統一
その他 モンゴル帝国
1225年
13世紀
日本: 鎌倉時代 元号: 元仁2年 / 嘉禄元年
マークス・グラエクス(Marcus Graecus)の”Liber Ignum”にて火薬の調合方法が紹介される
火薬
1232年
13世紀
日本: 鎌倉時代 元号: 寛喜4年 / 貞永元年
中国で飛火槍(紙筒に火薬を入れた火器)が発明される
銃器 中国
1240年
13世紀
日本: 鎌倉時代 元号: 延応2年 / 仁治元年
中東地域で火薬の存在が知られる
火薬
1241年
13世紀
日本: 鎌倉時代 元号: 仁治2年
蒙古軍のヨーロッパ遠征(ワールシュタットの戦い)で銃が使用された(諸説あり)
銃器 モンゴル帝国 諸説あり
1242年
13世紀
日本: 鎌倉時代 元号: 仁治3年
ロジャー・ベーコンが「De secretis operibus artis」に火薬の製法を記す
火薬 イギリス
1250年
13世紀
日本: 鎌倉時代 元号: 建長2年
アルバータス・マグナスが「De mirabilis mundi ignium」に火薬の製法を記す
火薬
1258年
13世紀
日本: 鎌倉時代 元号: 正嘉2年
バグダードの戦い(モンゴル帝国のイスラム征服)で火薬が使用される
火薬 モンゴル帝国
1259年
13世紀
日本: 鎌倉時代 元号: 正嘉3年 / 正元元年
北アフリカのメリリャ(Melilla)で大砲を防衛で装備
軍・警察等による採用
1260年
13世紀
日本: 鎌倉時代 元号: 正元2年 / 文応元年
アイン・ジャールートの戦いでマムルーク朝が火薬兵器を使用したとする説
銃器 複数地域 諸説あり

マムルーク朝がモンゴル軍に対して火薬兵器や手持ち大砲を使用したとする説がある。ただし、1260年の手持ち銃使用を確定した事実として扱うことはできない。

1267年頃
13世紀
日本: 鎌倉時代 元号: 文永4年
ロジャー・ベーコンが火薬について記述
人物 イギリス 有力

ロジャー・ベーコンが『Opus Majus』などで硝石を含む爆発性混合物について記述し、13世紀ヨーロッパの火薬知識を伝える重要な記録を残した。

1270~1280年頃
13世紀
日本: 鎌倉時代 元号: 文永7年~12年 / 建治元年~4年 / 弘安元年~3年
ハサン・アル=ラッマーフが火薬兵器の技術書を著す
人物 シリア

シリアの軍事技術者。火薬配合、ロケット、軍事用火工品などを記した著作をまとめた。

1274年
13世紀
日本: 鎌倉時代 元号: 文永11年
シジルマーサ包囲で火薬兵器が使用されたと解釈する説
銃器 複数地域 諸説あり

イブン・ハルドゥーンの記述を、火薬によって飛翔物を発射する兵器の使用と解釈する説がある。ただし「naft」などの語は焼夷物質にも用いられ、現代的な銃や金属製大砲と断定することには議論がある。

1274年
13世紀
日本: 鎌倉時代 元号: 文永11年
文永の役で投擲榴弾の鉄法(てつはう)が使用される
戦争・紛争 日本
1275年
13世紀
日本: 鎌倉時代 元号: 文永12年 / 建治元年
弘安の役(1275年)で投擲榴弾の鉄法(てつはう)が使用される
戦争・紛争 日本
1280年
13世紀
日本: 鎌倉時代 元号: 弘安3年
中国で銃身を持つハンドキャノン(手砲)が発明される(諸説あり)
銃器 中国 諸説あり
1287年
13世紀
日本: 鎌倉時代 元号: 弘安10年
ナヤンの反乱鎮圧で元軍が携帯火器を使用
戦争・紛争 中国 有力

元軍の李庭が「銃」を装備した兵を率いて反乱軍と交戦した記録があり、金属銃身を持つ携帯火器の実戦使用例として最古級とされる。

1298年
13世紀
日本: 鎌倉時代 元号: 永仁6年
元朝の上都銃に1298年に相当する紀年銘が残る
銃器 中国

元朝の上都遺跡から発見された上都銃(Xanadu Gun)には1298年に相当する紀年銘があり、13世紀の銃として年代を非常に高い確度で特定できる資料となっている。

1300年
13世紀
日本: 鎌倉時代 元号: 正安2年
文書「シェムス・エディン・モハメネッド(M.S. Schems Eddin Mohamened)」に マドファ/マドフォア(Madfa/Madfoa)と呼ばれる木筒の火器が描写される
銃器
1308年
14世紀
日本: 鎌倉時代 元号: 徳治3年 / 延慶元年
ジブラルタル包囲戦(レコンキスタ)でスペイン軍が銃を使用する(諸説あり)
銃器 スペイン 諸説あり
1325年
14世紀
日本: 鎌倉時代 元号: 正中2年
フィレンツェ共和国が砲の製造を命じる
銃器 イタリア
1326年2月11日
14世紀
日本: 鎌倉時代 元号: 正中3年 / 嘉暦元年
2月11日、イタリア・フィレンツェ議会が金属製弾丸と銅製の砲の製造を許可する
銃器 イタリア
1326年
14世紀
日本: 鎌倉時代 元号: 正中3年 / 嘉暦元年
”De officiis regnum”に銃のイラストが初めて描写される
銃器 イギリス
1332年
14世紀
日本: 鎌倉時代 元号: 元弘(大覚寺統)2年 / 正慶(持明院統)元年
1332年(至順3年)中国で最も古い銘記のある銅銃が発表される(実物の真偽は不明)
銃器 中国 不明
1337~1453年
14~15世紀
日本: 南北朝時代 / 室町時代 元号: 建武(南朝・北朝)4年~5年 / 延元(南朝)2年~5年 / 暦応(北朝)元年~5年 / 興国(南朝)元年~7年 / 康永(北朝)元年~4年 / 貞和(北朝)元年~6年 / 正平(南朝)元年~25年 / 観応(北朝)元年~3年 / 文和(北朝)元年~5年 / 延文(北朝)元年~6年 / 康安(北朝)元年~2年 / 貞治(北朝)元年~7年 / 応安(北朝)元年~8年 / 建徳(南朝)元年~3年 / 文中(南朝)元年~4年 / 永和(北朝)元年~5年 / 天授(南朝)元年~7年 / 康暦(北朝)元年~3年 / 弘和(南朝)元年~4年 / 永徳(北朝)元年~4年 / 至徳(北朝)元年~4年 / 元中(南朝)元年~9年 / 嘉慶(北朝)元年~3年 / 康応(北朝)元年~2年 / 明徳元年~5年 / 応永元年~35年 / 正長元年~2年 / 永享元年~13年 / 嘉吉元年~4年 / 文安元年~6年 / 宝徳元年~4年 / 享徳元年~2年
百年戦争 (1337年~1453年)
戦争・紛争 複数地域

戦争後半には大砲やハンドガンの重要性が増し、フォルミニー(1450年)やカスティヨン(1453年)では火砲が戦局に大きく影響した。

1338年
14世紀
日本: 南北朝時代 元号: 建武(南朝・北朝)5年 / 延元(南朝)3年 / 暦応(北朝)元年
イギリスの船に砲が搭載される
銃器 イギリス
1338年
14世紀
日本: 南北朝時代 元号: 建武(南朝・北朝)5年 / 延元(南朝)3年 / 暦応(北朝)元年
ロンドン塔に火薬を貯蔵していたと記録される
火薬 イギリス

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